ライターとエディター
ライター(Writer)とエディター(Editor)の違いとは? ときどきライティングの仕事を引き受けるが、そういう場合、望んで匿名にしてもらう。たとえば「文章/◯◯編集部」という隠れ蓑スタイル。名前をどうしても出せといわれれば出す。フリーランスの立場なのに「アホか」と思われる態度だろう。私もそう思う。ここでひとつ言い訳を。仕事においての私の文章は「ライター脳」で書かれたものではなく「エディター脳」で書かれたものだからだ。(read more...)
ライターとは端的にいうと「一文字、一文字に命を賭けて命を削る人」だ。ジャンルを問わず、その努力は<自己表現>に帰結する。極端だが、エディターは<自己表現>から最も距離を置かなければならない。もちろん<表現>はする。しかし、それは<自己>のためではなく<他者>のため。「読者にとって、クライアントにとって一番のメリットはなんだろう」常にそのことが頭にある。だからこそ「エディター脳」で書かれた文章は<名乗るほどのものではない>と私は思うのだが、この匿名に対する妙なこだわりは各方面から「甘い!」と突っ込まれている。はい。
昔、あるライターの方から文章の書き方の「秘訣」を教わったことがある。エディター1年目の時だ。その方もエディター出身で30代半ばで出版社から独立してすぐに売れっ子になられた。当時の私は修業時代。編集の仕事を本格的に覚える前に「まずは現場で取材・記事執筆の基礎を叩き込んでこい」といきなり野に放たれた状態だった。
浮浪児のようにふらふらと都会を彷徨いながら(だいたい寝不足だった)、取材で初めて出会った氏との雑談中に「記事がうまく書けない」と新人お悩み相談をぶつけたのである。いまから思えば大変な非常識。まったくもって失礼極まりないことであるが、氏は大学ノートを取り出して、まっさらなページの中央に線を引き、「左側に『書かなければならないこと』、右側に『自分が書きたいこと』をメモする。字数があるから最初は左側の項目ばかりになるかもしれない。慣れてくると右側の要素も入れられるようになる」と教えてくれた。
シンプルに「エディター脳」と「ライター脳」でいえば、ノートの左側「書かなければならないこと」が「エディター脳」、右側「自分が書きたいこと」が「ライター脳」ということになるだろう。
「四六時中寝る以外は書くことだけを考えている」と語っていた氏は、早くに亡くなってしまった。ライターのなかでも特に小説家として生きていきたいとおっしゃっておられたことが思い出される。
ライター(Writer)とエディター(Editor)。実は、一時期ひっそりと名刺にライターと書いてしまったことがあるが、やはり自分がライターと名乗るのはおこがましく感じて、いまはもう肩書きには入れていない(ライティングの仕事をしないというわけではなく)。まったくの私見になるが、最後に両者に不可欠な気質について触れておくと、ライターに大切なのは「気高さ」であり、エディターに必要なのは「臆病さ」と「大胆さ」かと思っている。